エスカレーターの写真 左を空けて利用している女性が写っています

第1回 エスカレーター 左をあける謎

 

 大阪では、エスカレーターの「左側」を急ぐ人のためにあける習慣がある。そうなったのは、ここ10数年であろう。

 以前は、どちら側にも人が立ち、急ぐ人は列をすり抜けていったものだ。(エスカレーターは、分速30メートルとか)。

 「大阪人は急ぐ」といわれるが、当時は立ち止まっている人の数が多かった。調査では、エスカレーターで歩くのは大阪で35%。3分の2は急いでいない。(東京は、25.2%)

 当時、ラジオのDJが「パリやロンドンでは、急ぐ人のために左側をあける習慣がありますが、大阪もそうなればいいですね」と言っているのを聞いたことがある。DJ氏の発言がきっかけではなかろうが、いつのまにか大阪もパリやロンドンと同様になった。

 この「左側」が「東西の摩擦」を生んでいる。東京では、「右側」をあけるからだ。(首都圏でも、10数年前から。外国にならい自然発生的に生まれた、といわれる。こういうのも同時性の法則なのだろうか)。で、来阪者は、いつも通りに「右側」に立つと「ちょっと、どいてんか」と大阪のおばちゃんに睨まれることになる。習慣の違いの理解不足が、「大阪人は恐い」との誤解を増幅させることにもなるから困ったものだ。

 

エスカレーター 右の東京 左の大阪 

 

 なぜ、「左右」の違いが生じたのか。一つに、歩行時の通行区分の異なりがあげられる。関西は、商店街や地下街では左側通行だ。地下鉄の階段下のステップアドは当初(1961年)は左側のみであった。左側が上り専用階段であったからだが、ここにも左側通行がみてとれる。東京は右側通行。左右逆転が、道でも「ぶつかり」現象を生む。ただし駅の階段は、東京でも左側通行の矢印や指示がなされていたりもする。駅公舎は、東西を問わず明治以降の慣例で左側通行であるらしい。列車は基本的に左側通行、が根拠になっている。(戦後、右側通行に改めた駅もあるが)

 問題は、道路。江戸時代、通行規制はなかったが、江戸では左側通行であった。武士が左端を歩いたからだ。侍は、右から左へ刀を差しており、すれ違いざまにさやが触れるのを避けるため。大坂には、風呂敷包みを右抱えにした商人が多くいた。なぜ、右抱えか。人は右利きであるからで、荷を守るために道の右側を歩く。

 現在と「左右」が逆だ。

 道路交通法が定められたのは、明治以降。イギリスを範に「右側通行」になるはずであったが、時の警視庁が反対したという。曰く「武士の伝統を維持し左歩きにすべき」と。こうして、人も車も左側通行とする「道路取締規制」が、1900年6月に制定された。

 「人は右、車は左」のルールは第2次世界大戦後で、アメリカの指示によるもの。人と車の対面交通での安全確保を目的に定められた。世界で左側通行は、イギリスとオーストラリアなど少数派だ。なぜこの時点で世界の趨勢に従わなかったのかは疑問が残る。

 イギリスの「左側通行」は、馬車時代からとの説がある。手綱を左手で握っていたので、緊急時に右手で対応した。そのためには、左側走行が便利であった。

(ちなみに、左側通行する車のハンドルが右側なのは、車同士のすれ違時に、ドライバーが近い位置で向き合うことで対向車との距離感を掴みやすくするためでもある)。

 車の誕生当初は右ハンドル(人は右利きが多いから)、なぜ左にスイッチしたのか。それは、チェンジ操作の苦労にある。それを左手でこなすのは大仕事。右手操作への技術努力がなされ、左ハンドルに移行する。

 

エスカレーター 左側通行が合理的

 

 現在も、「人は右、車は左」の決まりがある。が、大阪では左側通行。これは、歩道と車道との明確な線引きがなされたことにも原因があるのではなかろうか。歩道では、どちら側を歩いても、車の心配はない。なら、便利な方を歩く。

 人間は、基本的に左側を歩くようにできている。左位置にある心臓を守るには、左側歩行が理にかなう。陸上のトラックやスケートリンクも、左回りだ。右足を利き足とする人の多さからでもある。左足で支え、右足で活動する方が力が出る。実際、左回りの方が右回りよりも記録が出る。スーパーの左回りも、自然な行動パターンであるからだ。棚の品も、右より左を向く方が見やすい。そうした位置関係でレイアウトされている。

 カウンターで2人並んで酒を飲む場合、右側に座る方が悪酔いしにくい。胃の位置を考えてみると分かる。胃は身体の左から右下へと付いている。飲食物はその方向へ流れる。体を左にむけてると、胃の消化を助ける、右側だと胃を圧迫する姿勢を続けることになる。

 商店街でも、左へ向く方が店内が見やすい。左歩きの方が合理的なのだ。大阪人の左通行は、人間の自然の法則に乗っとったものだといえなくもない。歩く人のために、エスカレータの左側をあけるのも、当然の結果ではなかろうか。

 ウメダ阪急のムービングウォークは、左側をあけるが、97年オープンのミナミの長堀地下街では、「右側をあけてください」の掲示。大阪は、東京がどうであれ独自の道を歩いてきた。が、最近は多方面にわたり東京化の波に飲まれつつある。「急ぐ人のために右側を」に、それが見えると言うのは言い過ぎか。

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